ランドローバーオーナーインターナショナル
ショウ2016
イーストオブイングランド・ショウグランド・ピーターバラ
2016年 9月 17〜18日
探訪記録
今年は、ディフェンダーのターミネートという大きなイベントを跨いだ初年度。
後継車種はありません。結局、ランドローバーは、月給四十万円の人が大勢掛かり切りになる割には値を付けられないディフェンダーをカット、BMW傘下の高級四駆GTという世界で唯一のカテゴリーを担う傑出したブランドになる方向を選んだようです。
世界の道路は、そのものがどんどん高性能になっていきます。継ぎ目のあるコンクリート舗装の道路に出逢うことなど稀になり、砂利道なんて知らない人の方が多いんです。
こうでもしなけりゃ、何万人を助けることが出来なかった時代は、確かにとても長く続きました。
日本にランドローバーのクルマが初上陸したのは1958年、何とシリーズツー誕生の年。黒部渓谷ダム群建設の為に電源開発公社が、当時まだ通商統制で英国からの自動車の輸入が許されていなかったところを当時東北電力会長白洲次郎氏の英国とのパイプと通産当局への影響を助けにそれを圧して建設機材として大量輸入、この一群のクルマの活躍のお陰で関西地方の電力需給の逼迫は解消しその後高度経済成長を根底から支えました。これと似たような逸話は世界中に散在しています。
世界が巨大な戦争の影響から抜けて平たくなり行く時、ランドローバーのクルマはその最先端のガレ場で活躍したのです。でも、世界の地図はグーグルのサーバー内に木目細かく示され、もうガレ場は見当たりません。だからこそでしょうか。モニュメンタムなこの一連のシリーズを大勢がいとおしみます。だからこそ、再来無用。そう思えるのでしょう。
創る人がいるなら、守る人がいる。守られるものがあるからそれを支える人がいる。
今後も鋭意、お支え致しますので、何卒宜しくお願い申し上げます。